東京の鍾乳洞「大岳鍾乳洞」 4

 売店で券を買い、鍾乳洞の中へと入る。大人600円。ヘルメットを借りて頭に被る。

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 中に入ると、途端に涼しくなった。特に今日は暑い。避暑には最適だ。夏本番は更に人が増えるのだろうか。

 洞内は電灯で照らされているお陰で中の様子がよく見えた。パッと見普通の洞窟と変わらない。

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 中にはこうしてザ・鍾乳洞と言えるような場所もあったのだが、そういう場所は金網で守られていたためうまく写真を撮れなかった。学術上重要なら致し方ないことか。傷をつけられたりしたら大問題だ。

 私は閉所恐怖症では無いが、こうして鍾乳洞の中にいて少しパニックになりそうだった。一人、という心細さはあるだろう。鍾乳洞としては小規模らしいがそれでも十分な広さのある洞窟だ。声を上げても誰にも届かない、というのは心細かった。

 方向感覚はすぐに失われ、とにかく前に進む。常時中腰の態勢でいないといけないのは大変だった。それでも何度かヘルメットが天井に当たる。

 鍾乳洞の中には見所毎に「天国」や「○○殿」というようなえらく煌びやかな名前が並んでいた。B級観光地にありがちなことではあるが、少し興醒めする。

 真ん中まで行ったあたりで私はようやく閉鎖空間に慣れてきた。座って静寂が生み出す耳鳴りを楽しむ余裕さえ生まれてきた。中は涼しくてとても過ごしやすいし、慣れてしまえば良い空間だった。非現実的な空間を堪能する。

 洞内で私はあまり写真を撮らなかった。

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この二枚は中の様子をよく示しているが、これ以外は撮っていない。洞内は狭く、水滴が絶えず天井から降ってくるためである。

 洞内探索を終えて外へと出る。慣れたとはいえ外へ出る時には安堵を感じた。それと共に暑さを感じ、いかに洞内が涼しかったかを再認識した。

 鍾乳洞を出た私はヘルメットを返すとバス停へと戻る道のりを歩き始める。鍾乳洞から徒歩2分のところに滝があると書いてあったが、それよりバスに乗り遅れるのが嫌だった。次のバスに乗り遅れるとその次は2時間後。バス停付近に時間を潰せる所は無さそうだったし、歩いて山を降りる他無くなってしまう。

 まだヘビの出現はトラウマになっていた。帰路で私はなるべく川側を歩き、車とすれ違う為に山側にいた時は気が気でなかった。最悪川へ逃げようかとまで考えていた。テンパりやすい自分のことだ。もしもう一度ヘビに会っていたらそうしていてもおかしくなかった。

 その過度なまでの思案は杞憂に終わり、帰路はヘビもイモリも当然クマもそういったものは何も見なかった。精神面の疲労は行きと同等にあったし、駆け下りたいとか思ったりもしていたが何も特記するようなことは起きず。下り道なので行きよりも早い時間でバス停まで戻ってきた。久々の人家である。私はここでようやく緊張の糸を完全にほぐすことができた。一応ブンブン虫が飛び回ってはいるが、ヘビに比べたらなんのことがあろうか。また、最悪人家に飛び込めばいい、という考えは心に余裕をもたらした。

東京の鍾乳洞「大岳鍾乳洞」 3

 大岳鍾乳洞へはバス停から林道大岳線を通って徒歩30分である。

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林道の入り口はこんな感じ。典型的な山あいの怪しい道路という感じである。熊の張り紙の一件もあって二の足を踏んでしまう。私と共にバス停で降りた人も鍾乳洞の方には向かわなかったようでこの先は一人ぼっちである。

 歩き始めるとすぐに向こうからトラックがやってきた。軽トラックではなく普通のトラックである。後で調べた感じでは十トントラックだろうか。この林道の向こうにトラックが入るような施設があると思っていなかったので驚いた。鍾乳洞以外何も無い、というわけでは無さそうだ。

 トラックとすれ違うとすぐに後ろから今度は軽トラックがやってきた。私を抜かすとそのまま奥へと進んでいく。

 私は一人取り残された。道には川が寄り添っている。

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 その川の流れる音、そして偶に森の中で響く鳥の鳴き声だけがこの道で私が聞ける音だった。私は京都の貴船神社の前にある道を思い出していた。あれも川沿いで山に向かって伸びている道だった。

 暑い。最初こそ道幅が狭く森の日陰が道路を覆ってくれていたが、最初の大きな曲がり角の向こうで川幅、道幅共に広くなり、日なたが多くなった。

 気分はあまり良く無かった。一人で道を歩く時の性ではあるが、周囲のことに過敏になっていた。熊の張り紙のせいでもあるだろうし、暑さのせいでもあるだろう。周囲で動くものが例え落ち葉であっても過度に気になった。何か出た時に頼る相手がいない、それだけでこんなに気を張るものか。

 一人ぼっちの道が長く続く。段々と心細くなる。本当にこの道で合っているのか不安になる。地図を読めばこの道しか無いと分かっているのだが、それでも不安になる。このまま何も無い所でぷっつりと途切れるのではないかとさえ思う。その考えを先程自分を追い抜いた軽トラックがまだ見えていないという事実が否定してくれるので私はなんとか前に進めた。

 体感的には三十分を超えていたが、実際には十五分以上は経っていないだろう。ようやく、一つの建物が見えた。

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隣に先ほどの軽トラックと思われる車が止まっている。久々の建物で、かつ無人では無さそうだったのは私の心を勇気づけた。ようやく一旦は孤独から開放されそうだった。


 突然、山側から音がした。見ると、山側の壁から何かが山側にあった側溝へと落ちた。赤と黒の物体。それは、クネクネと動き側溝を奥の方へと動いた。ヘビだ。

 私はそれを認識した瞬間本能的に後ろへと数歩駆け出していた。ヘビはテレビで見たり水槽に入っているものを見る分には苦手では無いが、自然の中にいるものはダメだった。頭が危険だと認識してしまう。それは昔田舎に住んでいた時から変わっていなかった。

 私が林道に入ってからここまで持ってきていた緊張の糸はここで切れてしまった。熊が出る「かもしれない」道への不安はヘビが「出る」道への恐怖に変わった。私はここで初めて回れ右してバス停まで戻りたいと思った。しかし、戻るとしてもまたあの一人ぼっちの林道を戻ることになる。その途中またヘビが出ないとも限らないし、私は歩みを進めることにした。幸い、ヘビがいる側溝は30センチほどの深さがある。ヘビがそこを乗り越えて路上に出ることはおそらく無いだろう。


 先ほどから見えていた施設の前に到着。会社名は不明だが、看板によれば「大岳工場」というらしい。何の工場かは分からなかったが、建物の向かいの山が削れていることを見れば予想はついた。

 この辺りの地層は石灰岩質である。そもそも鍾乳洞は石灰岩にしか成立しない。山を挟んで向こう側の奥多摩の方には石灰岩の露天掘り鉱山があるし、これもそれに類するものだろう。石灰岩は建築資材として使われるし、採石場ということか。

 建物の前には看板が一つ。要約すれば「大岳鍾乳洞行く人は道わかりづらいけどトンネルを通って下さいね」ということである。大岳鍾乳洞の名前を林道に入ってから見たのはこれが初めてである。心配症の私はここまで来てようやく道が間違っていないことを確信した。

 建物の前を通り過ぎて更に進む。建物の中には3人ほどの人がいた。わずか20分ぶり程度だが、随分と久々に人間に会ったような気がした。

 ここで一台の車が私を追い抜いた。今度追い抜いたのは乗用車。中には家族四人が乗っていた。大岳鍾乳洞へと向かうのだろう。「相乗りしたい」と私は思った。恐怖によって私はすっかり疲労困憊だった。その車は熊への恐怖も無ければヘビとも遭遇していないのだと考えると羨ましかった。そして文明の利器のなんと素早いことか。私が一歩一歩踏みしめる道をすぐに通り過ぎていく。

 先に大岳工場の所で見た看板のいう「トンネル」はすぐにやってきた。が、最初にそれを見た時私は絶句した。

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 明らかに歪んだ坑口に外壁の錆びた金属。廃鉱山の坑道と言われても信じてしまいそうな有様だ。普通の道ではまず有り得ないこんなトンネルがあるのはこの道が林道であることが関係しているのかも知れない。中がカーブしていて直接出口が見えないのが余計に恐怖を煽る。

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 中は外側の見た目に比べればまともである。錆び錆びではあるもののしっかりとした構造だ。無人と化したバラックでよく見かけるような色の落ちた青色のトタンは少し気になったが。長さもそこまで長い訳でもなく左から光が入るので怖さは全く無かった。トンネルの中では山側からヘビが落ちてくる心配も無いのもありがたかった。

 余談だが、看板には「トンネル」と書かれていたこの施設だが、厳密に言えばトンネルではない。落石覆い(ロックシェッドとも)である。左側が地山ではないのがその理由である。現地で落石覆いの銘板を見逃したのが悔やまれる。

 落石覆いを抜けるとどこかで一度無くなっていた道の舗装が復活していた。そして羽虫の如くブンブンとでかい虫が何匹も飛び回っていた。蜂や虻などではないから危害を加えてくることは無いとは思ったが、大きい虫が周りを飛び回る光景は嫌だったので足早にその場所を越えた。その虫で路上で死んでいた一匹を見る感じ、どうやら地味な蛾か何かのようだった。

 また、山側でガサッと音がした。またヘビか、と思ってそちらを向くと、今度は何かが山側の壁を登っていった。一瞬しか見なかったが小さい体と灰色の体はおそらくイモリであろう。イモリなら害は無いし見慣れているので平気だった。でも音がするだけでビクビクものである。

 川幅が広くなり、河原にキャンプ場が現れた。大岳鍾乳洞併設の大岳キャンプ場だ。大岳鍾乳洞が近くなったことが明確に示されて私はようやく安堵する。精神的に酷く疲れた。まだここから更に帰路があることを考えると心が重い。

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 大岳鍾乳洞に到着。ようやく、である。前に私を追い抜いた車はいない。更に上の滝の方へと行ったのだろうか。その他にも誰もいなかった。

東京の鍾乳洞「大岳鍾乳洞」 2

 私は以前に武蔵五日市を訪れたことがある。六年ほど前だろうか。タクシーを使って近くのギャラリーに行き、織物の展覧会を見に行った。

 その時は帰りの電車まで時間があったのでそれまで秋川渓谷で遊んていた。日曜日で河川敷に沢山の家族がいたことを覚えている。

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 しかし、この日は平日である。コロナの影響もあってか川に人は少なく、渓流釣りを楽しむ釣り師がいる程度だった。私はしばらく川沿いを散策し、武蔵五日市駅に戻る。


 武蔵五日市駅に戻っても、特にやることがあるわけではない。駅には小さな観光案内所とコンビニ、そしてカフェがあるだけだった。カフェはまだ開いていないし、大人しくバス停でバスの路線図を眺める。

 武蔵五日市からは北以外の三方向にバス路線が伸びている。まず東方向は五日市線に平行するように進むバス路線。秋川や拝島行きがあった。帰りに電車の時間が悪かったら使うかも知れない。拝島まで出れば西武線青梅線で帰れる。南は八王子へ向かう便。これも使えそうだった。そして西方向に向かう路線。今回使う上養沢行きの他に、数馬など檜原村に向かう路線などもある。

 檜原村は東京都有数の秘境で、東京都では島嶼部以外で唯一の村である。村内を鉄道が通っていない為、公共交通機関で向かう為にはここからバスで向かう必要がある。

 私は自動車免許を持っていない為、檜原村へ行くとなればここからバスに乗るのだろう。


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 上養沢行きのバスがやって来た。10人ほどの人が乗る。ハイキングをすると思しき人がいるが、その人達は上養沢まで行くのであろう。上養沢から御嶽山へ至るルートがあると聞いたことがある。

 上養沢行きのバスは、山道を走るバスが好きな私を満足させた。峠こそ越えないものの山道の連続だった。山道では無いが、荷田子〜秋川渓谷 瀬音の湯間では川沿いの急勾配を登り下りする。特に上り勾配は鉄道ならケーブルカーが担うほどの急勾配で、そこを上る様は圧巻である。

 バスは進むごとに山の方へと高度を上げていく訳だが、意外なことに上っても上っても結構な数の民家があった。乗る人がいなければバス路線は存続しない訳だが、それにしても民家が途切れない。終点の上養沢にしても周辺には六軒以上の民家があったのでは無いだろうか。

 乗客は秋川渓谷 瀬音の湯バス停(同名の温泉施設がある)で数名、三つ合鍾乳洞入り口バス停で数名、そして私の降りる大岳鍾乳洞入り口バス停で私含め二人が降りた。残りは大岳鍾乳洞入り口の次のバス停で終点の上養沢バス停まで。観光客が多いバス路線ということだろうか。



 さて、私は大岳鍾乳洞入り口バス停で降りる。バス停の前には数点の民家。しかも民家の住民が出てきて洗濯物を干していたりした。予想していた程の秘境では無かった。

 大岳鍾乳洞へ向かう前にまずバス停前の神社、「養沢神社」へと向かう。

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旅先でその場所の神社へと参拝して旅行の安全を祈願するのが私のルーティンだった。

 今回もそれを行う。賽銭を入れて安全を祈願する。

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 ……あー、見なきゃ良かった。

 熊注意と言われてもどうしようも無い。熊の接近を防ぐ方法として熊鈴や或いは他人と会話をしてこちらの存在を知らせることが上げられるが、鈴は当然持ってきていないし会話する相手もいない。鹿や猪と違って遭遇したら死を覚悟した方がいいレベルの危険動物だ。余程運が悪くなければ遭遇しないだろうが、それでも気が滅入る。まあここまで来て帰るわけにも行かないし大岳鍾乳洞へ行く訳だが。

東京都内の鍾乳洞「大岳鍾乳洞」 1


 69日が平日にも関わらず一日空きができると分かった日、私は大岳鍾乳洞へ行くことを決めた。

 前日の夜、簡単に予定を立てる。武蔵五日市駅から大岳鍾乳洞入り口バス停まで行くバスは本数が少ない。このバスの時間から逆算して東京を出ることにした。一応少し時間に余裕を持たせている。


 843分、私は中央線高尾行きで東京駅を出発した。中央線といえば朝は満員電車で割と有名なのだが、その混雑は上りに集中しており、コロナの影響もあるだろうが、車内は空いていた。

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 三鷹を過ぎたあたりで気付いたのだが、今年の私の旅行は中央線を使ったものが多い。今回を含めて今年は5回の旅行に行っているが、その内河口湖旅行、飯田線旅行、今回の大岳鍾乳洞旅行は中央線スタートの旅だった。そろそろ車窓も飽きてくる。

 立川駅で中央線から青梅線五日市線直通五日市行きに乗り換えるのだが、ここで嬉しいハプニングと遭遇した。EH200電気機関車と遭遇したのだ。愛称を「ブルーサンダー」という。

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 中央線の甲府方面からやってきて、おそらくここから南武線へと入っていくのであろうこの機関車は信号待ちの為かしばしホームに止まっていた。ホームに止まる機関車を見ることは少ない。私は喜んで写真を撮った。

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 五日市行きの車内は更にガラガラだった。拝島まで青梅線を通り、そこから五日市線へ。途中から秋川と並行するように山へと迫っていく。

 1023分、武蔵五日市駅に到着。

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 五日市線の終点である。それと共にあきる野市東部や檜原村への玄関口でもある。私はここからバスに乗る。それまで時間があるので駅からすぐの秋川渓谷へと足を伸ばした。 

 日差しが暑い。六月と言いつつこの日都内真夏日に辿り着いた。ここは都内より高地にあるとはいえ、半袖ジャージでも汗をかいた。

東京都内の鍾乳洞「大岳鍾乳洞」 0

 鍾乳洞。石灰岩が侵食されてできた天然の洞窟である。海外の景勝地であるという印象が強いだろうか。海外にはまだ全貌が把握されていない鍾乳洞が沢山あるという話である。

 そんな鍾乳洞は日本にも多数あるわけだが、東京にも幾つかあるのをご存知だろうか。奥多摩市に日原鍾乳洞あきる野市に三つ合鍾乳洞や大岳鍾乳洞などがある。私は今回、その中の大岳鍾乳洞へと行った。


 旅行先にここを選んだのは当時の社会情勢と関係がある。私が旅行した6月9日当時、東京都の緊急事態宣言は解除されたものの県外移動は自粛を求められていた。いくら旅行好きでも、これを無視する訳にはいかない。私はコロナ禍以降最初の旅先を都内の観光地に決めた。

 といっても、安易に高尾山や御嶽山を選ぶ訳にはいかない。都内には私と同じ思考の人が多数いるだろう。いくら山は屋外とはいえ、ケーブルカーや往復の電車の中が密になりそうだと感じた。事実、高尾山はかなり混んでいたようである。

 そこで、私が選んだのが大岳鍾乳洞だった。Facebookがあるので営業していることも分かっていたし、言っちゃあ悪いが知名度も低いので閉鎖空間ではあるが密にはならないだろうと考えていた。


 大岳鍾乳洞は先述のように東京都あきる野市にある。知名度が低い理由でもあるが、交通の便はかなり悪い。拝島から出る五日市線の終点、武蔵五日市からバスに乗り、終点手前の山の中のバス停で降りる。更にそこから林道を徒歩30分。だが、私は鉄道好きだから長時間の移動は苦にならないし、健脚でもある。大丈夫だろう、とたかを括っていた……